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私を構成する9枚その2

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SNSなどで話題になってるハッシュタグ、#私を構成する9枚、というのをやってみました。

単純に好きなアルバム、というわけではなく、

オレの人生、ここから変った!

という観点でセレクトしてみました。

実は左上から僕の歴史を時系列に辿っているのです。
今までの音楽人生を振り返ってみます。

暇だからな!

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【TIME / レベッカ】

小学校高学年で洋楽に目覚めてからというもの、僕の娯楽はFMラジオ一色となりました。
日曜日は朝からずっとFMをかけていて、お目当ての曲がかかると録音。
誰の曲かもよくわからないまま、とにかく英語の歌をコレクションするようにカセットに録音していきました。

そして中学校に進学します。
僕が進学した中学校は貝塚中学校といって公立の新設校でした。
僕たちは二期生。
僕が通っていた北貝塚小学校と桜木小学校の卒業生が、貝塚中に進学するのです。
初めて今まで僕たちが遊んでいたエリア以外の子どもと接する。
緊張しながらも初めての制服にドキドキしていました。

同じクラスに気になるヤツがいました。
そいつは桜木小から来たヤツで、桜木小出身のやつから大人気のヤツでした。
僕は当時から目立ちたがり屋で、児童会長をやっていたこともあり、何となくそいつをライバル視していました。
といっても、ちょっと話しただけで僕はそいつが大好きになり、毎日のように遊ぶようになりました。
名前は、くろまろ。
本名です。
玄理と書きます。

洋楽ばかり聞いていた僕でしたが、くろまろはそんな僕より遥かに音楽の知識が豊富でした。
中1にしてハービーハンコックを聞き、ファンクが好きなくろまろ。
ドラマーになりたいと豪語するくろまろに対抗して、僕はギターが弾けると嘘をつきました。
中1のお年玉で、エレキギターを買って、ドレミファソラシドが弾けるようになってからくろまろに披露しました。

くろまろの影響力は絶大でいつも一緒に遊んでいたメンバーでバンドを組む事にしました。
くろまろの近所のおじさんからelkの真空管のアンプをもらいうけ、学校のリアカーを借りて僕の家まで運び込みました。
くろまろは、やはりお年玉でスネアを買いました。
バスドラやフロアは段ボールで作りました。
初めてのバンド。
バンド名は、ハゲポジャボッサボッサバンドでした。

相変わらず洋楽とラジオでかかる音楽を聞いていました。
中1の冬にクラスでお楽しみ会をやることになりました。
それぞれ好きな人でチームを組んでなんでもいいから披露するというものです。
僕はなにやったかはっきりとは憶えていません。
女子達が自分達の出し物に使う音楽をラジカセで流していました。
聞いたことのないメロディ。
疾走するリズム。
それがレベッカのフレンズでした。

邦楽を聞かなかったわけではなく、友達が勧めてくれたCCBやルックはよく聞いていました。
CCBは楽しい夏休みというアルバムが好きでした。
あと杉山清隆もよく聞きました。
そんな中、誰からも勧められたわけではないのに強烈に求めたのがレベッカでした。

中学校時代、同じクラスの男子はBOØWYや尾崎豊をよく聞いていました。
でも僕はレベッカばかり聞いていました。
友達と遊&愛というレンタルレコードのお店でお金を出し合って借りたレベッカのアルバム。
女の子に借りたカセットテープ。
テレビの深夜の番組を録画したVHSのビデオテープ。

思えば僕がはじめてハマったアイドルがNOKKOだったのかもしれません。

レベッカの何にそんなにハマったかというとNOKKOのパフォーマンスもさることながら、バンドとしての演奏力の高さです。
お年玉でエレキギターを買って、チューニングもろくに出来ないのにギターを弾くマネして悦に入っていた僕でしたが、レベッカの音楽を聞けば聞くほど、こういう風にギターを弾きたい、こんなバンドをやりたい、そう思うようになりました。
レベッカはNOKKOとそのバックバンドではなく、レベッカとして存在する確実に一個の生命体でした。
NOKKOのボーカルもダンスもレベッカの楽曲のために存在していて、バンドの演奏もNOKKOのパフォーマンスを生かすために存在していました。
これは後に紹介するズボンズにも感じたことです。

今回あげたアルバムはレベッカの5枚目のアルバム「TIME」
一番聞いたアルバムは4枚目の「REBECCA IV 〜Maybe Tomorrow〜」ですが、このTIMEがなぜか印象に残っているのです。
「REBECCA IV 〜Maybe Tomorrow〜」は先に書いたフレンズやライブで定番の曲がたくさん入っていて、レベッカを代表するアルバムです。
僕は「TIME」に入っている(it's just a) SMILEという曲がすごく好きだったんです。
RonettesのBe My Babyを知らなかった中学生のころ、それでも何となく懐かしい、優しい歌が僕は大好きだったのです。
深夜にレベッカのライブを中心としたドキュメンタリー番組がやっていてこの番組を録画してそれこそテープがすり切れるほど見ました。
番組の最後にクレジットとともに流れる曲が、この(it's just a) SMILEでした。


去年、長い沈黙を破ってレベッカが再結成しました。
ライブ会場には行けなかったものの、WOWOWで放送されたライブを見ました。
レベッカが解散した時、ショックだったものの、ああしょうがないよな、とも思いました。
後期のレベッカはレベッカっぽくなければならないという観念に取り憑かれてしまったような印象だったからです。
元気で、小悪魔で、スーパーボールのようにどこに弾むかわからない。
そんな女の子を演じ続けていくのはやはり不自然だったからです。

放送されたライブを見て、なんとなく青春の落とし前がついたような気がしました。
テレビのモニターで見ても最高のライブとわかりました。
NOKKOのダンスも歌もあの頃のNOKKOがフラッシュバックするようなパフォーマンスでした。
これが見たかった。
そう思いました。
それと同時に、多分だけどレベッカはこれでフィナーレを迎えるのだろうとも思いました。

そしてかつてライブではほとんどやらなかった(it's just a) SMILEが演奏されました。

ハゲポジャボッサボッサバンドのメンバーやくろまろ、今は連絡先もわかりません。
そしてバンドのメンバーだった通称アリソンは、今は結構有名なバンドのボーカルをしているそうですがそれはまた別のおはなし。



レベッカを知らなければきっと僕は楽器なんてとうの昔にやめていたでしょう。
レベッカは僕を構成する一部なのです。



(it's just a) SMILE 1:09:37より
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  1. 2016/01/29(金) 20:01:53|
  2. 雑記
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